週末往来 2

 今日は、知り合いの車が少しみっともない状態だったので援助してあげました。タイヤのホイールカバーが1つないんですよ。「たかが60ドル前後じゃないか」と言えば、「お金ないから買えない」と言うわけです。
 でも、考えても見てください。たまに道を走っていてそういうホイールのない車を見ませんか? あれ見てどう思います?無関心ですか?それとも「直せばいいのに、ケチなんだろうな。そういうお金もないのかい」と思いませんか?

 例えば、前歯のない人を見てどう思いますか?不細工ですよね。そしてどう思いますか?「歯を治すお金もないんだ、かわいそうに」と思いませんか?アメリカで歯並びが良くない、歯が欠けているということは、すでに問題なのです。

 私は車も同じことだと思います。この国は乗っている車で人を判断します。ちゃんとした人は良い車に乗っています。だから例え古い車でもホイールカバーがないと、そういう判断をされるわけです。

 この前、傷ついた車に長い間乗っている人にこんなことを言いました。

私は大したプライドはありませんよ。それでもお客さんに変なところは見せられないからいつも新しい車に乗るようにしています。以前にトラックのバンパーが凹んだときにも、すぐに直しました。みっともないですからね。「何だ、あのオーナー、車修理する金もないんだ」と見られるのがオチ。アメリカにおいて車は人を判断する1つの基準でもあります。きちんとした人はやはりきちんとした車に乗っていますからね。その辺は気を配らないといけない。舐められたらお終いです。1千ドルの修理代をケチって、人からの信頼を失うのか、それとも1千ドル払っていつも程度の良い車に乗り、人の受ける印象を良くするのか、それは当然分かることではないですか。
違いますか?これに関して本人から何の返答も反論もありませんでした。その後は、会っていないので、直したのか新しい車を買ったのかも不明です。
 
 やはり人間の見た目が大事なように、その人の持ち物も大事です。「足元を見る」という言葉がありますね。人は洋服や宝石にはお金をかけるが、肝心な足元にはお金をかけない人が多いのです。だから足元を見て、どんな靴を履いているかでその人が分かるというものです。そんなことを感じて、「たかが60ドルじゃないか」ということで払ってあげることにしたのです。
 
 Joel Osteenが、こんなことを言っています。
奥さんとレストランに食事に行った。いつもの店だったが、あいにくサービスが悪く奥さんのフードは来たのに自分のフードがなかなか来なかった。お勘定を払うときにチップをどうするかを考えた。サービス悪いからゼロ、いや5%、10%と考えた挙句、30ドルに対して20ドルを置いたそうです。そして帰っていった。後日、そのウェイトレスから手紙が来たそうです。そしてその後は両親と共にJoelの教会に通うようになったと、簡単に書けばそうなんですが。
Joelが言いたいことは何かといえば、手を差し伸べる絶好の機会を逃がしてはいけない、ということです。例えばフードが出て来なかったのはそのウェイトレスのせいではないかも知れない。そしてそのウェイトレスがその日、たまたま体調が優れなかったのかも知れない。そういうことを考慮してミスをした、自分のミスでないにしても悪いサービスを提供してしまったその人に救いの手を差し伸べたわけですね。
考えてもみてください。普通のケースならチップはゼロでしょう。でも、そのウェイトレスにも生活があります。もしかしたら学費を稼いでいるのかも知れない、深い事情は分かりませんが、そうして考えると、逆発想で、悪いサービスに対して良いチップを置くことの意義はあるのではないでしょうか?
 我々の日常生活でもありませんか? 悪いことをしてしまったのに、怒られることなく、「気にしないで」と言われると気分が良いですよね。そして大きな失敗をしても、支払いを減額されることなく、逆に仕事をもらえるとかです。
 そうした前向きな態度が人を動かすと思いませんか?別に人の弱みに漬け込んで、有利にことを運ぶことではありません。人を責めて非難し、血祭りにすることが良いことなのか、それともそういうことに関わらず、前向きに考えてあげることの違いだと思います。
 

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